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2019-07

九大ファントム墜落51年集会でのスピーチ

61479272_2226747044068257_4399175739610497024_n.jpg昨日(6月2日)の九大ファントム墜落51年集会での私のレジュメとスピーチ内容(原稿+アドリブ)です。薄い文字は時間の関係で省略した部分です。

やや左翼系敬老会の様相も示していましたが、150名の参加で盛会でした。今日の毎日が写真入りで報道していました。わずか一人とは言え学生の参加があったことが希望です。それもチラシを見て来たとのこと。
「数学による平和教育」のプリントを手に取った女性の参加者が、「こんなの、珍しいですね」と言ってくれました。(写真は榊山惇さんのフェスブックから拝借)同じくこちらの記事には全体の様子が詳細に書かれています。1401577.gifブログにも(こちらが読みやすい)

1401577.gifなお、メインの浦島さんの講演の後のQ&Aで、「県警を管理する県公安委員会、そして公安委を所轄する知事は何をしているのか」と質問しましたが、その根拠はこちらです。
県警は誰が支配するのか?県警をめぐる支配・被支配と人事権の関係図
それでは、まず
レジュメ
そして
スピーチ原稿です。
(冒頭謝辞)

辺野古、高江にはつごう3回行きました。「ゴボウ抜かれ」の経験もあります(例:機動隊員との対話)。人数が多かった時は(ダンプを)止められました。もっとたくさんの人が行くべきだと思います。

さて、北方領土に関して、「戦争で島を取り戻す」という恐るべき発言が国会議員の口から出たことが大きな話題になっています。議員辞職に値するでしょう。しかし、同じことが政府の省庁から、つまり防衛省から出ているのに反応が少ないのは驚くべきことです。例えば、2017年に、佐賀空港オスプレイ配備問題での地権者説明会で防衛省が配布した資料には、占領された島を自衛隊が「奪還」する作戦図絵が公然と記載されています。占領されたのが何十年も前ならダメで、数日、数ヶ月前ならオーケーということでしょうか?しかも自衛隊の場合、「言葉」だけでなく、その練習=演習までやっているのです。
米軍基地への反対運動に比べて、日本の軍事組織=自衛隊の軍拡への警戒が緩んでいるのは大問題です。南西諸島への自衛隊の新規配備=「軍事要塞化」は、アメリカの戦略転換、つまり「対テロ戦争」から「中国封じ込め」への転換に伴い、これに自衛隊を組み込もうとするもので、戦争を挑発しかねない危険なものです。「週刊金曜日」の5月24日号はこの問題に10ページを使っていますが、その中で山城博治氏は、「実は辺野古はダミーで、政府の本当の狙いは南西諸島に自衛隊基地を作ることではないか」と思い、あえて挑発的に発言した、と述べています。

もちろん「ダミー」ということではないでしょうが、しかし、辺野古は米軍ではなく、自衛隊基地として考えている、ということもあり得ると思います。なぜなら米海兵隊はグアムに移転すると言っているのですから。

南西諸島での自衛隊軍拡については、レジュメ2ページをご覧ください。これらの新しい基地の、または建設中の場所をグーグルの航空写真で見ると、原野だったり、ゴルフ場だったりします。いかに急速に作られてきているかが実感できます。

この問題を当初から訴え続けている小西誠・元三曹は、「この情勢が進めば、日中の一触触発――島嶼戦争は不可避である。日中の軍事的小衝突、その繰り返し→「島嶼戦争」→新たな「太平洋戦争」勃発という事態へであると警告しています。そして「有事」の改憲へと進みかねません。

4 月 27 日の奄美市内での“ヒゲの隊長”こと佐藤正久外務副大臣の講演会の出席者の大半が地元土建業の人々であったと、
「ハーバービジネスオンライン」に「離島を守らない」はずの奄美大島の
 自衛隊配備を、島民が「要望」する“事情”」
という記事で紹介されています。まさに「軍需土建産業」。映画「この世界の片隅に」に描かれた,軍需経済で回る地域と同じ構図です。


「集団的自衛権」を阻止しようというあまり、「個別的自衛権」までなら認める、という風潮が護憲派の中にさえ見られます。護憲派の「解釈改憲」。これでは説得力はなくなり、勢いも無くなります。特に、数大会ぶりに共産党の大会決議の中に復活した「急迫不正の侵害に対し自衛隊を『活用』する」という文言は大いに問題です。その時に隊員が持つのはスコップではないでしょう。「9条原理主義」=自衛隊違憲論を復活させなければなりません。そのためには、レジュメ(2ページ下)に書いているように、「攻められたらどうするのか」に対する答えを「常備」しておく必要があります。一つは「代替防衛」、オルターナティブ・ディフェンスの理論です。非暴力抵抗による国家防衛です。もう一つは、防衛・侵略の対称性の認識を広げることです。侵略される確率と、自分の国が外国を侵略する確率は、単純な数学的問題としてはイーブンであることの認識(プリント(数学による平和教育)を置いています)、つまり、少なくとも軍隊をもってる国は、「防衛省」と同じような予算と規模で(自国の軍隊への)「侵略防止省」を作らなくてはいけないということです。

最後に、平和運動も含め市民運動の戦術について一言付け加えます。確かに私たちの社会は選挙によって政府をつくるという民主主義が前提になっていますが、実はそれが機能していません。メディアのあり方が大きいですが、レジュメの図に示したようなサイクルがフィードバック・メカニズムによって強化され、安定してしまいます。つまり、私たち労働者市民が資本家の下で働きます。賃金はもらいます。政府に税金を払います。財貨が資本と政府に蓄えられ、その資本によって政府は買収され、メディアも買収され、政府はメディアを支配し、あるいは教育機関を支配し、メディアは我々に重要な情報は隠蔽し、プロパガンダを行う、いろんな雑音を流す。教育機関は我々子どもたちに対しておとなしくしなさいということを教育する、ということです。エネルギー源はお金です。それによってこういうサイクルが回り、状態が固定される。市民を無力化するのは、無力感と無関心、シニシズムです。

これを打破するには、選挙だけに集中するのはダメで、強制的にメディアが報道せざるを得ない状況を作る。例えば、先日の東京の護憲集会、6万も集まったのに報道は皆無に近い。なぜ数寄屋橋交差点を占拠してやらなかったか、ということです。

非暴力直接行動は世界の市民運動では広く採用され、効果も証明されています。「行為によるプロパガンダ」として有効であるだけでなく、参加者自身をエンパワーします。日本が(沖縄では行われています。実際に基地建設を遅らせています。)ガラパゴス状態である理由は、レジュメ4ページに書いたことです。(1)逮捕の問題です。一旦逮捕されると、推定無罪など何処吹く風、実質禁固刑が科されてしまう。(2)「一般から支持されない」という運動側の忖度、そして(3)「おとなしい国民性」という集団自己暗示です。

1に関しては、逮捕者を増やして、留置場を満杯にする必要がある。2は、「やってしまう」ことで国民の相場観を変える、人々は既成事実に弱いのです。3は一揆の歴史を普及することでしょう。日本には江戸時代に3千件以上の一揆があり、久留米藩では4万とも6万とも言われる農民が決起した「宝暦一揆があります。これを題材にした帚木蓬生の「天に星、地に花」が2014年に発表されています。人々の心は芸術の力によって変わるものだと思います。

録音です。(私のスピーチのみ)
http://ad9.org/blog/mytalks/y2019/V_820361t.m4a
翌日の毎日の記事:
62shukai-mainichi.jpg

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