2017-11

アジェンダ設定力

「表現の自由」は無制限か?
反発する向きもあるようだが,「世に倦む日日」の論考には鋭いものがある.映画「靖国」上映問題をめぐる記事「『靖国』と表現の自由の逆説 - 石井紘基と公共の福祉の規制」もその一つだ.この記事では,「表現の自由」の論理でこの問題を扱うだけでは不十分であるとして,ドイツの基本法第2条「何人も、他人の権利を侵害せず、かつ憲法的秩序または道徳律に違反しない限り、自らの人格の自由な発展を求める権利を有する」を引用している[註1].ドイツはこの「憲法的秩序または道徳律に違反しない限り」という制限のおかげで,90年代初めに極右ネオナチが台頭した時,その「イデオロギーの興隆と拡延をよく阻止した」と述べている.そしてこの長い記事を,「『表現の自由』の論理は、いずれ遠くない時期に右翼[註2]に逆用されるだろう。同じ論法で逆に切り返される」と締めくくっている.つまり「表現の自由」だけを全面に立てて上映妨害に対処するだけでは,同じ「自由」で靖国派の言説の跋扈に見舞われるだろうというのだ.

ここには非常に重要な問題点の指摘があると思う.私なりにこれを解釈ないし発展させれば,「表現の自由」を盾に映画「靖国」上映を擁護することは,それ自体当然で重要だが,それだけでは「防衛」の範囲を出ない.すなわち「攻撃」性がないのだ.つまり護憲派(現憲法にとっての体制派)が,靖国派(すなわち反体制派)に対して,自らの陣地を拡大しようという勢いがない.護憲派がやるべきは,中立的とされるこの映画を超えて,靖国神社と靖国派が現憲法にとって許されざる「異端」の存在であることを天下に明らかにすることだ.

違憲の存在としての靖国
この国の平和は,アジア太平洋戦争というその史上最悪の愚行を経て,それによる膨大な犠牲の上に築かれている.しかしこの愚行は決して「終わった」ことではなく,再現可能なのだ.したがってそれを阻止することが現憲法の最大の命題となっており,政府と国民の使命であろう.逆に,愚行再現のための最大・最強のイデオロギー装置が「靖国」である.すなわち,この国の平和に対する最大の脅威は実は靖国である.

「言論・表現の自由」が,法的にも決して無制限の自由ではないということは,例えば名誉毀損やプライバシー侵害が取り締まりの対象であることからも明らかだ.同様に「平和に対する最大の脅威」となる言説,つまり「靖国」も当然取り締まりの対象になるとも考えられるし,これが「世に倦む日日」の意見かも知れない.もちろんそのような,内容・実質を明確に限定した違法化(ヨーロッパにおけるナチズムやカギ十字の違法化のように)がコンセンサスとして成立すればそれに越したことはない.しかし実際にこれを試みようとしたとき,「両刃の剣」として,あるいは拡大解釈などで制限が普遍的な自由にまで及ぶ危険性も大きい.

靖国違法化の是非はともかく,「靖国」が現憲法に敵対する存在であることを明らかにする活動には何の問題もないし,大いにやらなければならない.言い換えれば,今回の問題で,「上映は是か非か」という問題設定を「靖国は是か非か」という問いかけに変換していかなければならない.

アジェンダ設定力こそが重要
このような,問題設定の内容そのものを発議し普及させる力こそ重要なのだ.「相手の土俵に乗ってしまう」とよく言うが,その逆である.まずは相手の土俵で戦い始めざるを得ないかも知れないが,その土俵自体を問題にし,新しい土俵に相手を引き込むようにしなければならない.このようなことを「アジェンダ・セッティング」というが,ここにこそ最も思考力を使わなければならない.

「映画『靖国』は是か非か」と「靖国神社の存在と活動は合法か否か」のどちらを社会がアジェンダと認めるかで,この国のイデオロギー・シーンは全く違ってくる.個別のアジェンダ内での議論に勝つことよりも,どちらを主たるアジェンダとして社会に認めさせるかの争いに勝つことこそがより優先度が高い.

蛇足だが,「世に倦む日日」のチベット問題での論考はあまり賛成できない.余りに中国寄りで,事大主義的な印象さえ受ける.

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[註1] むしろ第5条第2項の「一般法律の規定・・・によって、制限される」ではないかとも思われるが・・・.
第5条の[表現の自由]
(1) 何人も、言語、文書および図画をもって、その意見を自由に発表し、および流布し、ならびに一般に入手できる情報源から妨げられることなく知る権利を有する。出版の自由ならびに放送および放映の自由は、保障する。検閲は、行わない。
(2) これらの権利は、一般法律の規定、少年保護のための法律上の規定および個人的名誉権によって、制限される。

[註2] (引用者註) ここでは「極右」という言葉が適切と思う.「右翼」は尊敬すべきところも持った人々に対して使いたい.

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