2017-10

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言論抑圧疑惑は内閣打倒のきっかけにならないのか?

先週金曜日の「報道ステーション」で展開された,古賀茂明氏による生番組でのメディア抑圧批判という非常に珍しい事件について,再度メモしておきたい.先日の記事はほとんど土井敏邦氏のブログの「コピペ」ですませたが,それほど私の感想,言いたいこととぴったりだったのだ.ここではもう少しだけ議論を広げてみる.

おそらくこれは日本のテレビ報道の歴史に残る事件となるのではないかと思う.テレビ業界の人にとっては,ほとんど放送事故という感覚だろう.しかし見ている方としては,全てがお膳立てされ作られた「ナマ番組」よりも,アドリブや偶然性こそがナマ放送のメリットのはずだ.今回の事件はさらに,政権によるメディア抑圧という重大疑惑の提起がなされたのであるから,なおさらだ.


もちろん「楽屋」で本当は何が起きたのかを視聴者が知ることは出来ない.古賀氏の言っていること,つまり官邸から報道ステーションへの圧力というのは,虚偽であるという可能性も,もちろん理論的にはありうる.しかしブログは裁判所ではないし,一般メディアも同様だ.その時その時で想像力と「勘」とを働かせて,即応性と妥当性のバランス,トレードオフを探さなければならない.即応性は,政権によるメディア抑圧疑惑ということがらの性質上,時機を逸すればもし真実であった場合の追及の効果が恐ろしく減ずるということから要求される.鉄は熱いうちに打たなければならないのだ.

すでに多くの人が指摘している事と思うが,今回の事件の大きな意味は,一つは,表立った,「晴れ」の場でこそ大事なことは言わなければならない,というメッセージ性にあると思う.古い言葉だが,PTA会議に関して「下駄箱を出た所から本当の議論が始まる」という言葉の対極だ.しかし決してこの言葉は古くなく,大学の教授会であろうと,町内会の総会であろうと,表立って本当の議論をしないという習慣はこの社会に蔓延していると思う.

もうひとつは,視聴者のメディアリテラシー向上に役立つ可能性が大いにあるということだ.国際比較で,日本の視聴者はメディアの言説をそのまま無批判に受け取ってしまう人の割合が非常に多いという話を聞く.メディアに権力から圧力がかかり,歪められている可能性があるという認識は,考えてみれば当たり前の話だが,それをはっきり示唆するシーンが1千万人とも言われる視聴者の前で繰り広げられたのだ.

次に,この事件の政治的意味だが,政治的にも重大な疑惑であり,野党やジャーナリズムは真相究明に動くべきだ.安倍晋三はかつてNHKの,日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷番組に介入したとの告発がなされている.これに対しても,政党やジャーナリズムの追及は全く不十分のままではないのか.

政治的にも,もしこの疑惑が本当であれば,それは内閣打倒の重要なきっかけになる可能性がある.このまま内閣が続けば,安保法制化など実に恐ろしい夏を迎えなければならない.どんな材料,機会もとらえて,機を逸せず,内閣打倒のチャンスを狙わなければならないはずだ.

古賀氏が新自由主義者と目されることで,この問題の追及に消極的になるとすれば,主義主張の是非と「言論の自由」とは全くレベルの違う問題であることを忘れていることになるだろう.ヴォルテール原則「私はあなたの意見には反対だ.だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」はとても重要だ(ただしヴォルテール自身の言葉かどうか不明).

最後に,3月27日の報道ステーションで,古賀氏が掲げたガンジーの言葉を採録したい.
【あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもあなたはしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によってあなたが変えられないようにするためである】(マハトマ・ガンジー)
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この言葉ほど今日の一般市民の政治生活*において重要なものはないと思う.「そんなことをしても大勢に影響ない」という無力感こそが(いわば小賢しい無力"観"),人々を実際に無力にしている.放送直後にFBに書いたが,ガンジーのこの言葉を人口の1%が信じれば,つまり自分自身に忠実になれば,むしろ「世界は変わる」と思う.

もう1点追記:なぜこんなにメディア人が安倍晋三に逆らえないのか,従順なのか不思議だが,一つにはメディア関係者の「出自」にあるのではないかと思う.テレビ報道職についての研究書を紹介した記事「テレビ報道職についての重要な分析」で引用したように,職に就く前にその職業のための専門教育を受けていないということがあるのではないか.
日本のテレビ報道職は、欧米のように大学や専門機関でジャーナリズムを学び、中小の放送局で実績を積むというキャリアアップシステムとは異なる供給プロセスを経ていることが確認された。すなわち、日本の放送局は、すでに持ち備えている報道職としての専門的能力を測って採用するのではなく、専門職としては色のつかない「まっきら」な状態の学卒者を、一般教養や英語など、専門性とは別の尺度の試験を課して新人として採用するシステムをとっている。
つまり,専門職教育はすべて就職後のオン・ザ・ジョブ・トレーニングに委ねられてしまっているため,そこで報道の自由や権力監視の役割といったジャーナリズムのイロハがしっかり教え込まれない限り,「まっきら」なままで現場に臨むことになるのだ.
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* 「消費生活」や「通販生活」,「性生活」という言葉はあっても,「政治生活」という言葉は国語辞典にないのかも知れない.しかし一般国民が政治の「主権者」なのだから,政治生活の改善の努力は重要なはずだ.

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