2017-06

「そろそろどこかで戦争でも起きてくれないことには,日本経済も立ちゆかなくなってきますなあ」

世界に紛争や対立のタネがあるから戦争になり,そのために武器が調達されるのか,それとも,武器が作られるから紛争や対立のタネが播かれ,煽られて戦争が起きるのか.もちろん因果関係は「双方向」だろう.後者の関係は,映画「ロード・オブ・ウォー」がよく描いていた.これを社会的なメカニズムとして認識することは,有名なアイゼンハワーの「軍産複合体演説」など,古くから行われている.

しかし,メカニズムは最終的には特定の個人の意志によって作動する.つまり戦争意志は内面化されなければならないが,この意志が当人の口からあからさまに語られることは稀だ.戦争を発動し,あるいは裏で画策する人間は,もしそれについて何か言わなければならない時は,たいてい「平和のため」とか「やむを得ず」などという言葉を使う.

ところが,戦争の必要性が,いわゆる「経済人」,つまり資本家階級に属する人の口からあからさまに語られる例を,フェイスブックで知った.

10年ほど前の話として,Hitoshi Kawashimaさんは語っている.さわりの部分を引用する.

あるプライベートなオペラ鑑賞ツアーで、通訳のアルバイトをした。毎晩、豪華なホテルに泊まってバイロイトやザルツブルクの音楽祭を巡り、食事の席にもご一緒した。その席上、メンバーのひとりだったある政財界の大物(そのグループはそういう方々の集まりだった)が大きな声で話したことが、今も耳に焼きついて離れない。


「そろそろどこかで戦争でも起きてくれないことには、日本経済も立ちゆかなくなってきますなあ。さすがに日本の国土でどんぱちやられたのではたまらないから、私はインドあたりで戦争が起きてくれれば、我が国としては一番有り難い展開になると思ってますよ。」ここまでえげつない戦争待望論には、周囲にいた人達もちょっとびっくりしたらしく、一同目を見合わせ、隣りにいたご夫人が「またあなたそんなことをおっしゃって、、、」ととりなしている。「かわしま君、きみたち若い人の意見を聞こうじゃないか」と、ご本人が話をぼくに振ってきた。言いたいことは山ほどあったけれど、アルバイト中のぼくには、面と向かって彼に反駁することもできず、言葉を濁してしまった。今思うと、通訳のアルバイトなんか棒に振ってでも、彼にしっかり反論しておくべきだったと思う。権力の中枢近くにいるひとに直接ものを言う絶好のチャンスだったのに。もう10年以上昔の話。

とても貴重な証言と思うので,自分のフェイスブックで「シェア」したが,ブログにも転載した次第.以下,Hitoshi Kawashimaさんの該当記事の全文を以下に転載.
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(次から転載)
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=721821097877245&set=a.417886121604079.73054558.100001480848971&type=1

閣議決定翌日(7月2日)のぼくの投稿に関連する書き込みを、夕べ、その投稿のコメント欄に載せましたが、シェアされた先々で寄せていただく声に対する、ぼくなりの補足説明も含んでいますので、別立てで投稿し直すほうがいいかなと思い直し、以下(一部加筆して)掲載します。シェアいただいた数は7月7日正午現在、2,400件を超えました。

  *  *  *  *  *  *  * 
日記を書いてから今夜でまる4日。シェアしてくださる方が、日々どんどん増えており、当初はまったく思いもよらなかったこの展開に、大変驚いています。今日は防衛大臣が、憲法解釈変更の説明に、早くもアメリカまで出向いて行ったとか。まだ国民も、国会も、すこしも了承などしていないのに、ほんとうにどこまでひどい内閣なのでしょう。

記事の中に書いた政財界の大物は、旅の途上、ぼくが運転する車のなかで、学生時代に覚えたというシューベルトの歌曲集『冬の旅』を、ドイツ語の原語で、全曲そらで歌ってくださるような、芸術愛好家でした。当時ぼくはまだ大学院の学生だったので、同じ大学出身という気安さから、何の警戒心もなくあんな本音を話されてしまったのだろうと思っています。旅はそれなりに楽しいものでしたし、個人的にその方のことをあしざまに書くことは気がひけたのですが、いま現在、世の中で急速に進行している動きを目の当たりにしながら、記憶のかなたにそっと封印しておくには、話の内容があまりにもひどすぎました。旅でご一緒する前から、その方のことではいろいろな話を耳にしていましたから、青春時代の大切な一頁であったに違いないシューベルトを歌ってくださる時のその方のまなざしと、伝え聞いた噂とのギャップには、ひそかに戸惑いを感じていたのですが、レストランの一室で、あのとんでもないインドの話を自分のこの耳で聞いた時には、びっくりする気持ちと、「ああ、やはりそうだったのか!」との思いが交錯し、これが日本を代表する政財界トップの方の感覚なのかと、しみじみとあきれ果ててしまったのです。その瞬間、ぼくが何の言葉も発せられなかったのは、職を失いたくないからというよりも、その仕事をぼくに紹介してくれた方の面目をつぶしてはいけないということが、とっさに頭をよぎってしまったためです。

あの人が今、ぼくのこの日記の存在を知り、それを読んだ多くの人々がその方の言葉に抱いている怒り、嫌悪感を知ったら、どう思うだろうと考えると、やはりぼくとしては心穏やかではいられなくなります。でもやはり、今こそはっきりぼくはあの人に言わなければならないと思っています。ぼく達の宝である憲法を、奇妙な詭弁を重ねて破壊し、戦争への道を突き進もうとしている安倍内閣と、それを操るあなた方を、ぼく達は決して許すことができませんと。

ぼくのこの日記がきっかけとなり、ネット上ではその人の個人名を特定しようとする、もしくは特定したとする、ゴシップ的書き込みを多く見かけますが、そんな個人的糾弾のような話にことが進んでいくのには、ぼくは何か違和感を感じています。ぼくの本意は、昔の話を持ち出してその人個人を責め立てることではありません。戦争で亡くなった多くの人々の犠牲の上に、戦後日本の人々が築きあげてきたこの国のかたちを、国民に相談も、まともな説明もなく、うそにうそを重ねてすっかり変えてしまおうとする動き、幾重にも作られてきた戦争への歯止めを、ひとつひとつ全部取り払ってしまおうとする乱暴な企みを、どうしても今食い止めるのでなければ、取り返しのつかぬことになってしまうと思うのです。

ぼく自身が体験し、今も耳に焼き付いて離れない、あの夏に聞いたあの人のあまりにも身勝手すぎる戦争待望論、そしてその人は、そのへんの町工場の引退したおやじさんなどではまったくなく、今も現役で、現政権にもっとも大きな影響力を行使する位置に(国民がそれを望んだわけでもないのに)座っておられる方だということ。これが、ぼくが自分の発言のよりどころとする、ぼくにとっての真実です。

追記1: ぼくが通訳としての守秘義務を犯しているのでは、とのご意見を目にしました。その場限りの雇われ通訳で、そのような守秘義務を負う契約は一切していませんが、一般的な信義にはもとるかもしれないと言われてしまう可能性は、ぼくも少し気になっています。しかし今の状況下で、ぼくがこのことをささやかな自分のこの日記記事に書くことすら、許されないということは、あり得ないのではないかとぼくは考えます。多くの人々が、この事実に衝撃を受け、周りの人達にも伝えなくてはと真剣に努力されている様子を目にすると、このことを知りながら口をつぐんでいることの方が、よほど大きな悔いを残すことになったと思います。ましてやその人は、安倍首相と一体となって、日本のすべての国民を瞞き、裏切るような、とても不誠実な手法で、日本の憲法を骨抜きにしようと立ち回っておられる方です。その不誠実な行動に荷担することは、ぼくには出来ません。

追記2:「ドイツのヒトラー政権とも並ぶ暴走内閣」との、日記のなかの表現について、「感情的で何の根拠もないアジテーションだ」とする批判的な書き込みを、二、三目にしました。去年の夏、麻生財務大臣が「改憲はナチスの手口に学んだらよい」と暴言し、世界中を震撼させる物議をかもしながら、その後も辞任することなく、今も内閣にとどまり続けていることを、この方たちはどう認識されておられるのでしょうか。

その後、それまで自民党のなかで声高に唱えられてきた憲法96条の改正論議(3分の2要件の緩和)が、いつの間にか影をひそめ、気がついてみたらあれよあれよと言う間に、自民・公明だけの密室協議で今回の閣議決定です。麻生氏が「学べ」と言ったのは、ナチスが1933年3月に全権委任法を成立させ、世界でもっとも民主的と言われたワイマール憲法を、憲法改正の手続きを踏むことなく無力化させた際の「やり口」のことでした。まるで麻生発言をそのまま絵に描いたかのような、安倍政権の今回の「やり口」には、ヒトラー的と言うよりほかに、形容の言葉が見当たりません。きわめて客観的で冷静な形容だと思います。

ですから、今は安倍政権がお手本にしているナチス・ヒトラーが、どうやってあの豊かな音楽や文学を育んだドイツの民衆を、狂気の戦争へと駆り立てることに成功したのか、その歴史をみんなが真剣になって学びなおさねばならない時だと考えています。

(7月7日、記)

7月2日投稿の元記事へは↓このリンクから。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=719538388105516&%3Bset=a.417886121604079.73054558.100001480848971&%3Btype=1
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↑このリンク先の「元記事」も以下にコピーします.
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(転載)
あるプライベートなオペラ鑑賞ツアーで、通訳のアルバイトをした。毎晩、豪華なホテルに泊まってバイロイトやザルツブルクの音楽祭を巡り、食事の席にもご一緒した。その席上、メンバーのひとりだったある政財界の大物(そのグループはそういう方々の集まりだった)が大きな声で話したことが、今も耳に焼きついて離れない。

「そろそろどこかで戦争でも起きてくれないことには、日本経済も立ちゆかなくなってきますなあ。さすがに日本の国土でどんぱちやられたのではたまらないから、私はインドあたりで戦争が起きてくれれば、我が国としては一番有り難い展開になると思ってますよ。」ここまでえげつない戦争待望論には、周囲にいた人達もちょっとびっくりしたらしく、一同目を見合わせ、隣りにいたご夫人が「またあなたそんなことをおっしゃって、、、」ととりなしている。「かわしま君、きみたち若い人の意見を聞こうじゃないか」と、ご本人が話をぼくに振ってきた。言いたいことは山ほどあったけれど、アルバイト中のぼくには、面と向かって彼に反駁することもできず、言葉を濁してしまった。今思うと、通訳のアルバイトなんか棒に振ってでも、彼にしっかり反論しておくべきだったと思う。権力の中枢近くにいるひとに直接ものを言う絶好のチャンスだったのに。もう10年以上昔の話。

集団的自衛権行使容認の閣議決定(7月1日)。この暴挙を安倍首相が進めるにあたって、議論を先導した首相の私的諮問機関・安保法制懇のメンバーに、あの発言をされた方が入っている。安倍首相のブレーンの一人と言われ、さまざまな政府委員も務めておられる有力者だ。「国民の安全を守るため」とか、「海外の戦争に参戦することは絶対にない」とか、夕べの会見で首相は言っていたが、民主主義の手順も無視して強引にことを進めるこの内閣の本当の目的が、そんなところにないことは、法制懇のこの顔ぶれを見ても明らかだ。背後には死の商人がいる。彼らは戦争でひと儲けしたいのだ。

政府は、歴代政府が守ってきた武器輸出三原則をこの春の閣議決定で撤廃し、武器の輸出推進政策に転じたのに続き、つい二週間ほど前には国内軍需産業を強化・育成するための「防衛生産・技術基盤戦略」なるものも決めた。軍需産業が、大学や研究機関と連携して国の進める軍事政策に協力する体制を、平時から強化しておくのがねらいで、大学や研究機関への圧力や働きかけが早くも強まっていると聞く。秘密保護法が成立し、集団的自衛権行使容認の閣議決定で、憲法9条も風前の灯(すでに死文と言えるのかもしれない)と化した今、国民に知られたくない重要なことは次々と機密指定にしてしまえば、ぼく達のあずかり知らぬところで、海外で戦争を始める準備はどんどん進んでいく。ほんとうに恐ろしい内閣に、国民は絶対多数のフリーハンドを与えてしまった。

ドイツのヒトラー政権にも並ぶこの暴走内閣をはやく退陣に追い込まなくては、日本は大変なことになる。平和憲法のもつ重みを、国民一人一人が、心からかみしめられる日を、もう一度取り返さなくてはならない。若者たちが総じて無関心、もしくは無行動なのがいちばん気になるところだ。次は徴兵制だと、死の商人たちが言い出すことは、火を見るより明らかなのだから、手遅れになる前に、何をおいても今、ぼく達は動かなくてはならない。

  *  *  *  *  *

これに対する補足記事(7月7日付け)をアップしました。是非そちらもあわせてお読みいただければ幸いです。

補足記事へのリンク↓
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=721821097877245&%3Bset=a.417886121604079.73054558.100001480848971&%3Btype=1

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