2017-05

「凡庸な悪」という言葉に市民権を与えた映画「ハンナ・アーレント」

映画「ハンナ・アーレント」が多くの観客を集めている.私も年初に福岡市のKBCシネマで観たのだが,客席は一杯で席を探すのに苦労したほどだ.東京の岩波ホールでのロードショーでも行列ができ,入れなかった人が出たと聞く.ただ,シネコンなどのメジャーな映画館で上映されているわけではなく,各地の「志のある」シアターに限られてはいるが,それにしてもこの地味な映画にしては意外である.

この映画は,アイヒマン裁判を取材した「イェルサレムのアイヒマン」という本で有名なユダヤ系の哲学者ハンナ・アーレントを,その取材と著作活動を中心にまとめた伝記映画である.「悪の陳腐さ」ないし「凡庸な悪」という言葉と概念が,彼女によって作られた(末尾に関連書籍2件).アイヒマンは凶悪なモンスターでも悪意ある犯罪者でもなく,単に「命令に従っただけ」の事務官であった.彼が,自分の仕事の結果が多くのユダヤ人に何をもたらすのかを「考えなかった」「想像しなかった」ことが罪だと,アーレントは述べている.

この言葉と概念はもちろんこの本の刊行と同時に知られることになったが,しかしそれはごく一部の知識人に限られていた.映画で取り上げられて初めて多くの人が共有するものになったのだが,これは実にすばらしいことだ.もうどこの映画館でも終了しているので,見ていない人は是非ともDVDになる時に注目して欲しい.

アイヒマンのケースのように大量殺人,ホロコーストにつながらなくても,「凡庸な悪」は現代社会にあふれている.例えば,福島第一の原発事故にしても,安全性の問題に気付いていた現場の技術者はたくさんいたはずだ.しかし会社の命令に従うだけで,それを改善しようとし,あるいは告発しようとした人が少な過ぎた.その結果が東北・関東一帯の大規模放射能汚染という惨事につながった.むしろ,人々に大規模に災いをもたらすものは,個人の悪意ある行動というよりは,まさにこのような「組織の中の人間」による「凡庸な悪」によるもの,と言い切ってもいいだろう.(NHKニュースが“3面記事”的な殺人事件などをしばしば冒頭で大きく取り上げるのは,これを意図的に覆い隠すためであろう.)

多くのメディアがこの映画を取り上げているが(たとえば週刊現代,末尾参照),毎日の山田孝男氏の1月27日「風知草」が目に止まった.山田氏は,同じこのコラム欄で小泉元首相の「原発ゼロ」の主張を初めて紹介した人だ.彼のコメントでは,アイヒマンの教訓をいきなり「市民」に適用して,都知事選に臨む有権者への忠告で締めくくっている.もちろん一般人,市民への教訓という面も間違いなくあるのだが,しかしアーレントが中心的な問題としたのは何よりも「組織人」の責任である.山田氏の業界であるメディア界に応用すれば,歪んだ報道を指示されたり,あるいは重要なことを報道しないよう命令される記者や編集者の,それを拒否する(不服従)責任である.

メディア界ではないが,実はこのような問題は標準的な科学技術倫理の教科書では意識されていて,「『不服従』という語の認知度」という記事の末尾でリンクしたC.E. Harris, Jr.ほか著の「科学技術者の倫理」(丸善,2002)に詳しい記述がある.該当部分を文字化したので,是非ごらん頂きたい.(ただし,冒頭付近で「市民の不服従」という言葉が出てくるが,これでは意味が通らず,原語“civil disobedience”の標準的な訳語である「市民的不服従」とすべき)

http://ad9.org/pegasus/society/ethicalisssues/harris-J8.8.htm
(原書該当部分)
http://ad9.org/pegasus/society/ethicalisssues/HarrisJr.et.al8.5-8.6.htm

蛇足ながら,主人公をはじめとして喫煙シーンの繰り返しはやはり気になる.特に,予告編にさえ出てくる寝たばこのシーンには驚愕する.消防庁による「決してマネをしないで下さい」のテロップを期待(?)したくなるほど・・・.

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関連書籍
不服従を讃えて―「スペシャリスト」アイヒマンと現代,ロニー・ブローマン (著), エイアル・シヴァン (著), Rony Brauman (原著), Eyal Sivan (原著), 高橋 哲哉 (翻訳), 堀 潤之 (翻訳)
イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告,ハンナ・アーレント (著), 大久保 和郎 (翻訳)

週刊現代2013年12月7日号
映画『ハンナ・アーレント』どこがどう面白いのか 中高年が殺到!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37699

「科学技術者の倫理」の8章8節は上のリンク先に全文がありますが,その中からごく一部を紹介します.
対立行為による不服従
・・・他方,組織上の束縛が,従業員が個人的に深く関与している活動の自粛を強いれば,従業員の自由は実質的な削減を受けることになる.経営告がそのような職場外の活動は,同じようなやり方で他の組織体にも危害を及ぼすかもしれないという理由で,好ましいことではないと判断しても,従業員はその活動を簡単に断念すべきではない.従って,従業員は組織体に損害を与えるようなことは決してすべきでないという主張を首尾一貫して適用すると,従業員は問題になりそうなライフスタイルや政治活動を決してしではならないという結論になる.

こうした議論を検討することによって,対立行為による不服従を理由に組織体は従業員を罰してはならないという良い事例を示すことができたと信ずる.対立行為による不服従という理由で従業員を罰することは,結果的に個人の自由に対する重大な侵害になる.

不参加による不服従
技術者には,軍事関連プロジェクトや環境に悪影響のあるプロジェクトに対しては,不参加による不服従があり得る.技術者ジェームズは平和主義者で,自分の会社が契約を獲得した水中探査システムが軍事用であることが分かれば,自分をそのプロジェクトに割り当てないよう要請することもあろう.技術者ベティは,湿地帯に建設予定のコンドミニアム(高層アパート)の設計からは外してもらうよう要請するかもしれない.
不参加による不服従は,専門職の倫理又は個人の倫理を根拠とすることができる.技術者は自分が安全でないと思う製品の設計を拒否する場合に,その根拠を公衆の安全,健康,及ひ福利を優先するよう要求している専門職規程に置くことができる.技術者が,暴力の使用に対する個人的反対を理由に軍事目的の製品の設計を拒否する場合,その拒否は個人のモラルに根拠を置かなければならない.・・・

抗議による不服従
場合によって,使用者の行為が余りにもひどすぎるので,技術者は単なる不参加では不十分と判断する場合がある.むしろ公聞の場で抗議(あるいは「内部告発」(whistleblowing)といった形での不服従が要求されるのである.その抗議は組織体の内でも外でも良い.そのような状況は,技術者が自分の使用者,自分の家族,自分の経歴及び公衆に対する責任をバランスきせなければならないような複合的な対立状況とみるのが良い.・・・

・・・第4に,責任感のある技術者は,自分の直属の上司に白分達の異議を知らしめることが適当である場合は,そうすべきである.討論はできるだけ対立的でないようにやるべきである.焦点を置くべきは,その問題であって個人攻撃ではない.「私は問題を抱えています」とか「我々は問題を抱えています」というように問題を提起すべきで,「あなたには問題がある」では駄目である.

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