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2014-01

「凡庸な悪」という言葉に市民権を与えた映画「ハンナ・アーレント」

映画「ハンナ・アーレント」が多くの観客を集めている.私も年初に福岡市のKBCシネマで観たのだが,客席は一杯で席を探すのに苦労したほどだ.東京の岩波ホールでのロードショーでも行列ができ,入れなかった人が出たと聞く.ただ,シネコンなどのメジャーな映画館で上映されているわけではなく,各地の「志のある」シアターに限られてはいるが,それにしてもこの地味な映画にしては意外である.

この映画は,アイヒマン裁判を取材した「イェルサレムのアイヒマン」という本で有名なユダヤ系の哲学者ハンナ・アーレントを,その取材と著作活動を中心にまとめた伝記映画である.「悪の陳腐さ」ないし「凡庸な悪」という言葉と概念が,彼女によって作られた(末尾に関連書籍2件).アイヒマンは凶悪なモンスターでも悪意ある犯罪者でもなく,単に「命令に従っただけ」の事務官であった.彼が,自分の仕事の結果が多くのユダヤ人に何をもたらすのかを「考えなかった」「想像しなかった」ことが罪だと,アーレントは述べている.

この言葉と概念はもちろんこの本の刊行と同時に知られることになったが,しかしそれはごく一部の知識人に限られていた.映画で取り上げられて初めて多くの人が共有するものになったのだが,これは実にすばらしいことだ.もうどこの映画館でも終了しているので,見ていない人は是非ともDVDになる時に注目して欲しい.

アイヒマンのケースのように大量殺人,ホロコーストにつながらなくても,「凡庸な悪」は現代社会にあふれている.例えば,福島第一の原発事故にしても,安全性の問題に気付いていた現場の技術者はたくさんいたはずだ.しかし会社の命令に従うだけで,それを改善しようとし,あるいは告発しようとした人が少な過ぎた.その結果が東北・関東一帯の大規模放射能汚染という惨事につながった.むしろ,人々に大規模に災いをもたらすものは,個人の悪意ある行動というよりは,まさにこのような「組織の中の人間」による「凡庸な悪」によるもの,と言い切ってもいいだろう.(NHKニュースが“3面記事”的な殺人事件などをしばしば冒頭で大きく取り上げるのは,これを意図的に覆い隠すためであろう.)

多くのメディアがこの映画を取り上げているが(たとえば週刊現代,末尾参照),毎日の山田孝男氏の1月27日「風知草」が目に止まった.山田氏は,同じこのコラム欄で小泉元首相の「原発ゼロ」の主張を初めて紹介した人だ.彼のコメントでは,アイヒマンの教訓をいきなり「市民」に適用して,都知事選に臨む有権者への忠告で締めくくっている.もちろん一般人,市民への教訓という面も間違いなくあるのだが,しかしアーレントが中心的な問題としたのは何よりも「組織人」の責任である.山田氏の業界であるメディア界に応用すれば,歪んだ報道を指示されたり,あるいは重要なことを報道しないよう命令される記者や編集者の,それを拒否する(不服従)責任である.

メディア界ではないが,実はこのような問題は標準的な科学技術倫理の教科書では意識されていて,「『不服従』という語の認知度」という記事の末尾でリンクしたC.E. Harris, Jr.ほか著の「科学技術者の倫理」(丸善,2002)に詳しい記述がある.該当部分を文字化したので,是非ごらん頂きたい.(ただし,冒頭付近で「市民の不服従」という言葉が出てくるが,これでは意味が通らず,原語“civil disobedience”の標準的な訳語である「市民的不服従」とすべき)

http://ad9.org/pegasus/society/ethicalisssues/harris-J8.8.htm
(原書該当部分)
http://ad9.org/pegasus/society/ethicalisssues/HarrisJr.et.al8.5-8.6.htm

蛇足ながら,主人公をはじめとして喫煙シーンの繰り返しはやはり気になる.特に,予告編にさえ出てくる寝たばこのシーンには驚愕する.消防庁による「決してマネをしないで下さい」のテロップを期待(?)したくなるほど・・・.

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関連書籍
不服従を讃えて―「スペシャリスト」アイヒマンと現代,ロニー・ブローマン (著), エイアル・シヴァン (著), Rony Brauman (原著), Eyal Sivan (原著), 高橋 哲哉 (翻訳), 堀 潤之 (翻訳)
イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告,ハンナ・アーレント (著), 大久保 和郎 (翻訳)

週刊現代2013年12月7日号
映画『ハンナ・アーレント』どこがどう面白いのか 中高年が殺到!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37699

「科学技術者の倫理」の8章8節は上のリンク先に全文がありますが,その中からごく一部を紹介します.

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細川立候補はred herringか?

東京都知事選で脱原発を求める市民が判断に迷うような事態になっています.有力3候補のうち脱原発を掲げる宇都宮,細川の2人のうちで,全体としての政策や信用度は宇都宮だが,当選に近いのは細川だ,さてどうしよう,というわけです.

細川氏は「国家戦略特区を活用」を掲げることで新放任主義*の立場を明確に出しているし,何よりも過去の首相在任中に「国民福祉税」の名目で消費税を当時の3%から一挙に7%に引き上げようとした人です.応援の小泉元首相は,原発以外では自分の過去の悪行を全く反省していません.

細川氏が当選すれば,脱原発の動きに弾みがつくだろうという希望は理解できますが,それだけを重視して細川支持に回っていいものでしょうか.「舛添より細川の方がまし」というのも,原発をめぐる,それもさしあたっては「スローガン」に限ってのことでしょう.

選挙は,支持率やメディア露出度などの要素で進行する「現象」ではなく,市民一人ひとりが主体的にそれに関わっていくプロセスです.候補者への支持の呼びかけがもし誠実な,心からのものでない時,そのためのパワーが生み出されるでしょうか?

五十嵐仁氏がブログで「細川元首相の都知事選立候補は運動を分断し特区と規制改革を受け入れさせるための『疑似餌』ではないのか」と書いていますが,私も同様に,細川立候補は,古くは「新自由クラブ」に始まり,まだ記憶に新しいところでは小泉の「自民党をぶっ壊す」と続く,自民党の危機に際しいてこれまで何度も繰り返された“red herring”**ではないかと疑います.

宇都宮けんじ ツイッター
https://twitter.com/utsunomiyakenji
宇都宮けんじ ウェブサイト
http://utsunomiyakenji.com

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* いわゆる新自由主義.このような美名で呼ぶべきではない.
** 字義は薫製ニシン.これを引きずった後を猟犬が辿り,本当の獲物を逃すことを意味するようです.

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はたして、911 は本当にテロだったのか。ZERO は、原版(イタリア語)の制作(2007年)以来、ローマ国際映画祭(2007年10月)、ブリュッセルEU議会場(2008年 2月)、ロシア国営放送(2008年9月)で上映された、対テロ戦争の原点を鋭くえぐる長編ドキュメンタリー。

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