2008-07

言葉と「目立ち度」が大事

この社会を支配しようと思う者は言葉を重視する.そのための機関が「電通」である.これに対し,対抗する陣営はこの要素に無頓着過ぎる.一つの例が「新自由主義」という言葉を未だに平気で使っていることだ.批判し,貶めたいのならば,汚名を,スティグマを与えなければならない.ところが,この呼び名の「新」も「自由」もともにプラスイメージの言葉である.批判するつもりでこの言葉を一回使う毎に,このイデオロギーを自動的に賞賛し褒めそやすことになるのである.「新放任主義」でも「資本主義過激派」でも何でもいいから,とにかくこの美名で呼ぶことだけは避けなければならないはずだ.(私は「資本原理主義」( capitalistic fundamentalism† ) という呼び名を提案したい.)

左派・リベラルの運動に言葉や「目立つこと」を軽視する傾向がある原因の一つに,次の論語の言葉があるのではないかと思っている.

巧言令色鮮仁 (巧言令色少なし仁)

高校の漢文で習うこの「格言」が,人々の心の深いところに染みついていて,目立つのは下品なこと,悪いこととされ,目立たないことが良いこととされる風潮ができあがっているように思う.

もちろん,製品や企画の売り込みなど実利につながる活動では,そのようなことがないどころか,街頭のけばけばしい看板を見れば,まさにこの格言の重要性さえ感じるかも知れない.しかし私的な利害と無縁の社会的運動では,つまり「仁」に関する活動では,この格言の(論理学で言う)対偶,すなわち「仁多ければ巧言令色なし」*という心理が底流にはたらくのか,活動家は,自分たちの活動がどれだけ目立っているかということを気にすることが少ない.少ないというより,全く気にしていないのではないかとさえ思うことがある.特にメディア露出に対して淡泊過ぎる.

集会がどれほど大規模でも,それがメディアに取り上げられなければ,社会へのインパクトという意味では「なかったに等しい」のであるが,これを主催者はあまり気にしない.したがって放送局に対する抗議やデモなど思いもよらない.(他方では,金儲けのためならその目立ち方がいかに品格に欠けようと気にしない.)

kougenreishoku.gifこれに対し,私が係わっているイギリスの反核運動の例では,“visibility” (目立ち度と訳すべきか)という言葉で,目立つことを重視する.

そこで,「巧言令色鮮仁」への“対抗漢語”を提案したい.
以巧言令色為仁 (巧言令色を以て仁を為す)


上とは全く趣旨が異なるが,次の言葉も気になる.
「継続は力なり」
何となくもっともらしいが,この言葉で,工夫のなさや,効果や現実への鈍感・無関心さなどが隠蔽され,「単なる継続」が正当化される.ある団体の,それこそ「骨細」と言うしかないような志の低い方針案の文書にこの言葉が使われていた.
ーーーーーーー
† 縮めて"capitamentalism".
* 実際,もとの命題の「裏」に当たる「剛毅木訥近仁」(剛毅木訥仁に近し)という言葉がある.

「ニーメラーの詩」の書き出しは「共産主義者」でなくてもいい*

7月10日のしんぶん赤旗は,前日に開かれたビラ弾圧に抗議する東京での集会を報じている.

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「不倫」の非難対象における性の非対称

一週間も間があいてしまい,気になるいくつもの重要ニュース,話題をパスしてしまいました.いま「村野瀬玲奈の秘書課広報室」に行ったら,山本モナ叩きの件の記事を見ました.

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夏の原水禁大会でのプレゼンの宣伝です

宣伝です.この夏の原水禁大会など,広島での3つの集会で「ファスレーン365」とイギリスの核状況についてプレゼンをやります.聞きに来ていただければ有り難く存じます.(どの集会もたぶん予約なしで参加できると思います.)
0806_poster198.jpg 
今年も原爆の日を前後して,いろんな団体が広島・長崎でイベントをしますが,NPT(核拡散防止条約)再検討会議を2年後に控えて,とりわけ重要な意味を持つと思います.

8月3日 
◉ 原水爆禁止2008年世界大会(原水協)
14:00~18:00 国際会議 第一分科会(予定)
場所:厚生年金会館広島市中区加古町3-3
http://www.antiatom.org/WC/index.html
 ↑ここにフライヤーがあります.

poster08s.gif8月5日
◉ 被爆63周年原水禁世界大会(原水禁)
14:00~16:30 特別分科会(原水禁運動交流)
自治労会館 3F (西区横川新町7-22)
→ウェブサイト
フライヤー, 広島・詳細日程表


同じく5日 18:00~19:30
タイトルは「8.6」ですが6日ではなく5日のイベントです.

◉ 8.6ヒロシマ平和へのつどい2008(同実行委員会)
2008omote212h.gif第2部 記念講演と討論 
場所: 市民交流プラザ 北棟研修室 (中区袋町16-36 )
→ウェブサイト
(記念講演は英国アクロニム研究所のレベッカ・ジョンソンさんです.)
フライヤーはこちらにあります.

「ファスレーン365」はイギリスから核をなくす世界市民のキャンペーンです.詳しくは岩波の「世界」の1月号の文章をご覧下さい.

PTAの会議に出て先生たちにメディア・リテラシー教育を要望しよう

情報流通促進計画さんの紹介記事で知った「カナダのメディア・リテラシー教育」という本を読んだ.[上杉 嘉見 (著) ,明石書店 (2008/02),6,510円]

カナダのこの「先進的な」事例に大いに啓発されると同時に,考えてみれば至極あたりまえのことが,なぜ日本の教育者が,また各国の教育者がやっていないのか,ということが強く強く後悔される.自動車が増えれば「交通安全教育」が必要になるように,メディアの影響力が強まればそのプロパガンダから自己を防衛するための教育も重要になるのだ.以前に紹介したように,アインシュタインが60年も前に指摘したことでもある.

もし教育の世界的な「認証評価」の基準があるとすれば,そして我が国が少なくとも民主主義国,「先進」国を名乗るのなら,とっくにこの水準はクリアしていなければならなかったはずだ.「『先進的な』事例」とカッコを付けたのはそういう意味だ.

いわば「コロンブスの卵」だ.言われてみればその通り,なぜ気付かなかったのか,と後悔される.いや,うすうす気付いてはいたが,系統的,組織的な取り組みにしなかったのが大変な失敗だったのだ.もし日本で同じようなレベルのメディア・リテラシー教育が行われていたとしたら,世の中は全然違っただろう.「自己責任」というコピーに代表される資本主義過激派のプロパガンダに騙されず,社会や政治への関心を保ち,少しはまともな政府が選べたはずだ.

小泉が首相になることもなかっただろうし,「ワーキング・プア」が大量に出て,その結果として「蟹工船」がブームになることもなかっただろう.考えてみれば,純粋に文学的鑑賞の対象としてならいざ知らず,80年も前の労働者の過酷な状況がリアルな共感を持って読まれる,などということがあってはならなかった.

驚くことに,この本は大学院の博士論文に加筆したものだという.さわりは何と言っても最終章だ.その中でも白眉は,カナダのメディア・リテラシー教育の教科書が教材として扱う「カルチャー・ジャム」に関する部分だ.この先端的な部分を紹介すれば,他の「穏健な」部分のレベルがどの程度かも想像できるだろう.

この本の主要な内容である,放送や新聞に関する部分を一気にすっとばして,話は「メディアとしての都市空間」に飛ぶ.「カルチャー・ジャム」とは,「広告のメッセージをドラスティックに変える目的でそれをパロディー化したり乗っ取る行為」だそうだ.この運動の推進者は,その名も「アドバスターズ」という雑誌も出している.(「アド」は広告,「バスターズ」は「ゴーストバスターズ」でおなじみ.)活動は雑誌にとどまらない.街頭実践,フィールドワークも行っている.

この活動家たちは,「マスメディア,あるいは都市というメディアを介して発せられる宣伝のメッセージに対抗し,公共の空間において黙殺され続けている不平等なコミュニケーションのあり方を告発する」ために,パロディー広告や街の壁への落書き,さらにはコンピュータへのハッキングまでもやる.メディア教育の教科書はその活動を取り上げ,「誰が都市景観を所有しているのか? 広告主か,あるいはその地域の住民か? 人々が目にするものを,誰が決めるべきなのか?」という問いを生徒に投げかけている.

すなわちこの問いかけは,落書きまでする「カルチャー・ジャム」の活動家について,少なくともその問題意識に関しては基本的に支持する姿勢だとこの本の著者は見る.

日本の状況は「あとがき」で触れられているだけだが,第二版が出るとすれば,これは新しく一つの章に起こしてほしい.

専門書のため高価なので,自治体や大学の図書館に置くことを求めたい.また,著者には,一般向けに書き直した安価な本も是非出して欲しいものだ.

new2st.gif追記:大学としてやれることは,急ごしらえでも教養教育のカリキュラムに「メディア・リテラシー」の科目を入れて,「リメディアル」教育を実施することだ.

「政府は・・・方針を固めた」

「政府は・・・xxする方針を固めました」
昨日のNHKニュースにあったこの言葉が気になった.具体的に何のニュースだったかは思い出せないが,メディアで多様されるこの言い方に前からひっかかっていたので少し調べてみた.「方針を固めた」のフレーズで検索すると膨大な数が出てくる(末尾).+末尾に追記あり(7月4日未明)

この言い回しのグロテスクで薄気味悪いところは,「方針を固めた」というような,いわば「内心」に係わることを,公的なメディアがニュース源と「一心同体」であるかのように代弁しているということだ.あたかも神の意志を神に代わって声にする巫女のように.たとえば,「官僚の一人が洩らした」というような具体的事実は何一つ書かれない.

「方針を決めた」なら,だれの発言であるかとか,どの文書に書かれているかなど具体的事実をトレースできる可能性があるが,「固めた」では「神の意志」と同様,検証不能である.つまり,政府当局者は,その発言に全く責任を取ることなく,純粋に「アナウンス効果」を狙って意図的に情報をリークすることができる.「これがお上のご意志だから心しておくように」という,メディアと権力とが一体となった「お触れ」である.

いつまでこのような愚劣かつグロテスクな言い回しを,それこそ「マスゴミ」は使い続けるのだろうか.「どのようなかたちであれ情報を読者に届けるのが使命」というだけの理由(口実?)で.
この表現に関する限り「言葉狩り」の対象にすべきである.

----Google検索による事例集----

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はたして、911 は本当にテロだったのか。ZERO は、原版(イタリア語)の制作(2007年)以来、ローマ国際映画祭(2007年10月)、ブリュッセルEU議会場(2008年 2月)、ロシア国営放送(2008年9月)で上映された、対テロ戦争の原点を鋭くえぐる長編ドキュメンタリー。

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