2008-02

過失の罪と故意の罪 --- イージス艦乗員による初期救助活動の問題

イージス艦と漁船との衝突事故から一週間経つ.報道はあいかわらず事故の原因ばかりに集中して,事故直後の,イージス艦乗員による救助活動のことが全くといっていいほど報道されない.事故の原因に関して問われる罪は過失の罪であるが,後者,すなわち直後の救助活動にいささかでも怠りがあったとすれば,それは故意の犯罪になるだろう.この問題を,メディアも,国会も,なぜ追及しないのか.

事故原因についての自衛隊に対する公然たる非難は,(それ自体当然とは言え)この問題から目をそらせるためのred herring(撒き餌)ないしガス抜きではないだろうか.

この問題を追及しているブログは,私の知る限り「世に倦む日日」だけだ.孤軍奮闘の感がある.なぜ他のリベラル系,左派系のブログはこの問題を取り上げないのだろうかーーーという当ブログにしても,今初めて取り上げるのではあるが.

 「世に倦む日日」の最新記事
 「イージス艦問題への政治の無反応 - 漁師の遭難は自己責任か」

その「世に倦む日日」が繰り返し指摘しているが,この事故の直接の責任者である「あたご」の艦長が,隠れてしまって全く顔を出していない.これほど奇妙な,無責任なことはないのに,メディアも,野党もまったくこれを追及しない.これほどメディアが政府権力の「広報部」になり下がっていることをあからさまに示すものはないだろう.

ところが,ネットメディアもこれらの問題を取り上げない.先ごろ華々しく旗揚げしたNPJはどうしたのだ.
http://www.news-pj.net/
日刊ベリタも,JanJanも変わり映えしない.
http://www.news.janjan.jp/living/0802/0802261508/1.php

佐世保の散弾銃殺人事件は,私の知る限り,今までのところ当ブログ一人の遠吠えに終わってている.イージス艦の初期救助活動の真相究明は,「世に倦む日日」だけに任せずに,多くのブロガーに記事を書いてもらいたいと思う.

「母べえ」と「善き人のためのソナタ」- - 自由にものが言えない世界

もう上映が終わってしまうかもしれないと心配して,ウイークデーの夕方,「母べえ」を観に行った.特高に父親を連れ去られた一家と,そのまわりの人々の生活を描いたもので,'84年の読売新聞の懸賞で選ばれた野上照代という人の小説が原作になっている.

実によくできた映画だと思う.登場人物の一人一人に実在感がある.それらの人々の発する言葉,態度,振る舞いから,1940年前後の日本社会の空気が肌で感じられる.2時間あまりの,ほぼ完璧なタイムスリップ,時間旅行である.どんな教科書よりも優れた現代史の教材になるのではないか,そんな気がする.二人の子役の演技もすばらしく,またとても可愛らしい.

ただし,最後の5分ほどの現代シーンはいただけない.取って付けたようで,誰が誰かがわかり始めた頃,終わってしまう.だいいち戸田恵子をこんなチョイ役で使うなんてけしからん.

自由にものが言えない,実に恐ろしい社会であり,時代であったわけだが,同じような社会状況に取材した作品に2006年制作のドイツ映画「善き人のためのソナタ」がある.これは「母べえ」よりずっと時代が下って,というより,つい最近までそうであった旧東ドイツの監視社会を描いたものだ.これは映画館での公開は見逃し,一週間ほど前にDVDで観た.

これもまた優れた作品だ.悪役側の主人公であるシュタージの職員が,善玉側のもう一人の主人公の劇作家を盗聴するというシーンが大部分を占める.このシュタージ職員を演じたウルリッヒ・ミューエという人は東ドイツ時代からの有名な俳優で,何と彼自身がシュタージの監視の対象となっていたらしい.それどころか,その彼の密告者は妻だったとのこと.

下で紹介するサイトの受け売りだが,ドイツの教育関連の公的機関*は,「当時の監視組織が振りかざしていた権力と,内部の倫理的な葛藤を実によく描いている」として,この映画を授業の教材として使用することを薦めているそうだ.同じようなことはまさに「母べえ」にも言えると思う.

1940年代の日本社会が持つ問題性は決して過去のことではなく,常に今日的な問題だと思う.とんでもないことだと気づいていながら,それに対する「異論」を口にする勇気を欠き,あるいは怠り,そのため,例えばアメリカとの戦争という,破滅の道へと進んでいく.これは,規模やテーマこそ異なるが,今まさにわれわれのまわりで,それぞれの「業界」で,日々進行していることではないのか.その時に,個人の責任に目をつぶる時の合い言葉はもちろん,「シカタガナイ」である.

「母べえ」公式サイト
http://www.kaabee.jp/

「善き人のためのソナタ」の公式サイトは見つからないが,次が詳しい.
http://allabout.co.jp/travel/travelgermany/closeup/CU20070131A/index.htm

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*「連邦政治教育センター」.わが国も,(改悪の前も後も)教育基本法で政治教育の重要性を謳っているのだから.このような機関を作ったらどうだろう.それとも,そんな機関ができたら,今のこの国の状況では,国家主義教育の推進センターになってしまうのだろうか.

東京でファスレーン365報告会,3月1日13時から

東京で「ファスレーン365」報告会をやります.「非暴力平和隊」とのジョイント・イベントです.

「九条」を輸出する --核廃絶運動と非暴力の紛争介入--

       講演と交流の会


 話題1 12名の日本市民はいかに英国の核基地を封鎖したか
        豊島 耕一(佐賀大学教授,ファスレーン365日本代表)

 話題2 「非暴力平和隊」とは何か?
        大畑 豊 (非暴力平和隊・日本(NPJ)共同代表)

 日時: 3月1日(土曜)13時―16時
 ところ:キリスト友会東京月会(クエーカー)会堂
     〒108-0073 東京都港区三田4-8-19
     地図 http://www2.gol.com/users/quakers/chizu.htm
      →グーグルマップで会場へ
    (田町駅から徒歩10分、白金高輪から徒歩5分)
 参加費:無料

「ファスレーン365」報告会は福岡近辺では何度かやりましたが,東京では初めてです.当日は「3.1ビキニデー」に当たります.どうぞ多数おいで下さい.
pencil封鎖行動の写真へ
  ↑スコットランド警察の留置場で,つまり「獄中」で使った鉛筆です.

元文部官僚による文部科学省廃止論

今日(16日)の毎日新聞の,「学習指導要領」改訂問題を扱った記事に目が行った.かつて現役時代にテレビなどに出演して,文部省・文部科学省のスポークスマンを務めた寺脇研氏の意見が書いてある.「ゆとり教育の『旗振り役』と言われた」人だから,当然今回の改訂に批判的なのはうなずけるが,驚くことに文科省廃止論を打ち出している.「地方分権が進めば、指導要領や文科省はいらない」と述べているのだ.

◇「落ちこぼれ増える」 授業時間増に疑問--京都造形芸術大教授・寺脇研氏
(スクロールして下から3分の1くらいの所)

私自身は,文科省のようなイデオロギー官庁は百害あって一利なしで,従来から廃止論を主張している[註1]が,文科省の元官僚が同じ事を言っているのには少々驚いた.テレビに出るような名の売れた元官僚が,自分の出身官庁のことを「いらない」と公言するのは珍しい.文科省は,文部省の時代からずっと,教育の国家統制という教育基本法違反の常習犯で有り続けた.最近では,沖縄戦をめぐる「教科書検定」に見られるように,教育内容の歪曲でも有名になった.
(廃止と言っても,国に教育行政がなくてよいということではないので,そのような純粋に「事務」を扱う役所は必要だ.しかしこのために現在の文科省を「改革」するという程度では,今の悪弊からは到底抜け出られない.)

文科省=地方教育委員会のラインで押しつけられてくるもので,最も目立ち,うっとうしいものが,例の「日の丸・君が代」の強制である.(地方自治の重要な要素である教育自治の観点からすれば,このような「ライン」の存在自体が許されないのだが.)

折から卒業式,入学式のシーズンも近づいているが,「日の丸・君が代」強制問題を扱ったあの「歌わせたい男たち」の東京公演と全国ツアーが間もなく始まる.
http://www.nitosha.net/stage/tour.php
歌わせたい男たち
朝日舞台芸術賞グランプリや読売演劇大賞を受賞した永井愛の作品で,主演はテレビや映画で活躍している戸田恵子だ.東京は今月29日から3月23日まで,全国ツアーは3月25日の埼玉に始まり,最後が5月1日の山口.福岡は「大野城まどかぴあ」で4月30日だ.東京でしか見れないと思っていたので,うれしいニュースだ.卒業式,入学式がたけなわの時期にぶつけているのが素晴らしい.

[註1]たとえば次の文書の5項
「『意見』の根幹は項目設定(アジェンダ・セッティング)にある」
(国立大学の「法人化」が国会で決められた一月ほど後に,大学関係者のMLに投稿した文章)

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(付録)
「自由の風MN08.2.14」から,くまがいマキさんの文章を転載します.

2.東京都に根津先生を処分出来る理由などない

皆様(転送歓迎です)

先日、卒業式入学式の日の丸君が代で不起立だった先生を東京都教育委員会が処分したのは、「職務命令違反を過大視し、客観的合理性や社会的相当性を著しく欠くもので、その裁量を逸脱、濫用したものである」との判決が下り、都に賠償命令が下りました。(以下、そのニュース)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080208k0000m040079000c.html
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080209k0000m040067000c.html
(ただ、このニュース、NHKなどでは非常に小さい扱いで、7時のニュースでは報道すらされなかったようですので、もしかしたら、知らない人が多いかもしれません)

その腹いせなのか、見せしめなのか、東京都教育委員会は、2/14の定例会議で、以下の根津先生を解雇するかもしれないとの情報があり、非常に、憤慨しています。(以下、メッセージトレーナーの着用に関する情報と根津先生の今までの闘いの情報です)
http://www.nikkanberita.com/index.cgi?cat=special&id=200602142044382
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/426cbec3f04407699edf35f2260cbfa7
http://www.din.or.jp/~okidentt/nezusan.htm

私は、東京生まれ東京育ちで、小中高と全部公立でした。(家が貧乏ということもあり)中学では制服が嫌で嫌で、似合わないし、寒暖に適応してないし、不衛生だし、なんでみんな同じ格好しなきゃいけないのか判らず、制服のない都立高に行き「ある程度自由にさせてもらえると、華美にはなんないもんだ。毎日の生活になれば」ということを感じました。
また、どんな場所であろうが、自由にものが言えないのは、私は嫌です。対立や争いがあっても、それが言論ならば、自由に言わせる社会の方が、暴力は少なくなると考えています。(逆に小さな争いを回避して、大きな権力に色々なものを委ねると、大きな権力の暴力性は非常に強大かつ悲惨なものになりやすい)

強制というのは、力の誇示であり、それ以外の方法の欠如であり、自己のアイデンティティを保つ最悪の方法です。(岩国への補助金カットなどもそうした強制の一つでしょう)

こうした強制は、戦争や全体主義に直結します。学校の先生だけの小さな問題などではありません。(以下、アメリカでアフガニスタン爆撃反対のTシャツを着た学生が処分された情報と、法政大学でデモやビラ撒きで学生が逮捕された情報です)
http://www.jca.apc.org/~p-news/houhuku/KOUKOUSEI.htm
http://www.geocities.jp/housei_kougi/data/03_18.html
http://www.geocities.co.jp/houdaikyuuenkai/

世界中のいたるところで、まずは言論の弾圧封殺から、全体主義は派生しています。民主主義は勿論、自由な言論抜きには、成り立りません。

くまがいマキ

ICRP2007報告書への疑問

グリーンピースの報告書に関する記事に頂いたトラックバックは,がん死が15,000人というのは「煽り」であるとして,国際放射線防護委員会(ICRP)の最新の2007年版の報告を引用している.
http://d.hatena.ne.jp/mobanama/20080207

お分かりだろうか。微小なリスクを、地球人口60億人に掛け合わせるだけではこと足らず、40年間という期間にわたって掛け算し、それでようやく1万5000人というセンセーショナルに響く数値を出しているのである。

それでもその計算に根拠があるのなら聞くべきであるかもしれない。しかし、とんでもないことに、むしろそうするべきではないという国際的コンセンサスがあるのだ。2007年に出たICRPの新勧告には、集団線量についてこのようにかかれている。

そこで実際に問題のICRPの報告書を見てみると,実際その通りであった.mobanama69号さんが引用した部分をここに繰り返すと(第3章の「放射線防護の生物学的側面」の「集団線量」の節,76ページ.下線は引用者.):

(161) Collective effective dose is an instrument for optimisation, for comparing radiological technologies and protection procedures. Collective effective dose is not intended as a tool for epidemiological studies, and it is inappropriate to use it in risk projections. This is because the assumptions implicit in the calculation of collective effective dose (e.g., when applying the LNT model) conceal large biological and statistical uncertainties. Specifically, the computation of cancer deaths based on collective effective doses involving trivial exposures to large populations is not reasonable and should be avoided. Such computations based on collective effective dose were never intended, are biologically and statistically very uncertain, presuppose a number of caveats that tend not to be repeated when estimates are quoted out of context, and are an incorrect use of this protection quantity.

さらにすぐ次のページには,「切り捨てろ」と言わんばかりの表現さえ見られる.「関係するリスクの逆数」という表現も曖昧そのものだが.

When the collective effective dose is smaller than the reciprocal of the relevant risk detriment, the risk assessment should note that the most likely number of excess health effects is zero (NCRP 1995).

いわば「ゼロ×無限大」の見積もりで不確定さが大きくなるのはその通りだろうが,問題は,ではICRPはどんな「代案」を示しているのか,ということだ.「低い線量は切り捨てよ」という態度でないことは,5章180パラグラフの次の文章でも明かだろう.

The component of public exposure due to natural sources is by far the largest, but this provides no justification for reducing the attention paid to smaller, but more readily controllable, exposures to man-made sources.

それで「代案」らしいものを探してみたが,結局次のようなものしか見あたらない.

(261) In Publication 82 (ICRP, 1999a), the Commission issued guidance that in circumstances where there are planned discharges of long-lived radionuclides to the environment, planning assessments should consider whether build-up in the environment would result in the constraint being exceeded, taking account of any reasonable combination and build-up of exposures. Where such verification considerations are not possible or are too uncertain, it would be prudent to apply a dose constraint of the order of 0.1 mSv in a year to the prolonged component of the dose attributable to the long-lived artificial radionuclides. (以下略)

この0.1ミリシーベルト/年というのは,自然に受ける放射線の約7%である.六ヶ所事業所からの放射能,特にクリプトン85は,大気に均一に拡散して地球上の全人口を被曝すると想定されている.そのようなケースで,つまり全人類のレベルで自然放射線のレベルとの比較で議論することは余りにも巨大な値と言うべきだ.

低線量域の生物効果についてICRPはこの報告書で,「線形,閾値なし」(LNT)が現時点では妥当なものと認めている[末尾に表現上の修正あり].

(65) Therefore, the practical system of radiological protection recommended by the Commission will continue to be based upon the assumption that at doses below about 100 mSv a given increment in dose will produce a directly proportionate increment in the probability of incurring cancer or heritable effects attributable to radiation. This dose-response model is generally known as ‘linear-non-threshold’ or LNT. (以下略)

と言いながら,この仮定に基づいたリスク評価を,代案も示さずに「禁止」するのは全く不合理と言うべきである.

なお,グリーンピースの報告書について疑問点を一つ.「結論」の最後で(19ページ),「ヨウ素129の除去プロセス」が「決定的」と述べているが,表7によればヨウ素の寄与は全体の70分の1以下である.どうしてヨウ素129が決定的なのだろうか?

new2st.gifmobanamaさんのご指摘を受けて訂正します.「線形,閾値なし(LNT)が妥当」は不正確でした.今のところそれしかない,という感じでしょうか.別の箇所から引用します.第2章「勧告の目的と対象範囲」の中の一節です.LNTモデルは“リスク管理における最善の実際的アプローチ”である,という評価ですね.(まあこれを2文字に圧縮するとなれば.「妥当」でも悪くないとは思いますが・・・.)

(36) At radiation doses below around 100 mSv in a year, the increase in the incidence of stochastic effects is assumed by the Commission to occur with a small probability and in proportion to the increase in radiation dose over the background dose. Use of this so-called linear-non-threshold (LNT) model is considered by the Commission to be the best practical approach to managing risk from radiation exposure and commensurate with the ‘precautionary principle’ (UNESCO, 2005). The Commission considers that the LNT model remains a prudent basis for radiological protection at low doses and low dose rates (ICRP, 2005d).

それにしても,このような公共性の高い文書に著作権がclaimされ,有償でしか閲覧できないというのは全くおかしいと思います.

六カ所事業所からの放射能による集団線量(グリーンピース報告書)

グリーンピースから報告書が出ましたので,とりあえず速報します.「低気温のエクスタシー」で知りました.後ほどコメントを書きたいと思いますが,数字的には妥当な(または控えめな)ものだという気がします.

グリンピースは「六ヶ所再処理工場」のために15,000人が癌死と推計
http://alcyone.seesaa.net/article/82785360.html

報告書はここです.(日本語で32ページ)
六ヶ所再処理工場: 放射性核種の推定放出量と集団線量
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/nuclear/images/n0800206.pdf

推進派は,推定に使ったと同じ期間に交通事故で何人死ぬか,などと「反論」してくるでしょうが・・・.

ブログ内関連記事:
再処理で放出されるクリプトン85について
http://blog.so-net.ne.jp/pegasus/2006-04-07
再処理工場からの放射能放出
http://blog.so-net.ne.jp/pegasus/2006-04-01

new2st.gif追記:六ヶ所再処理工場の問題を扱った記録映画「六ヶ所村ラプソディー」の上映会が,2月16(土)午後に2回,福岡市南区のサロン・ド・ソフィア (チロル外国語スクール2Fホール) で開かれます.次にお問い合わせ下さい.Tel:092-214-7007
または,次のフライヤーをご覧下さい.
http://ad9.org/people/cosmopolitan080216.pdf

大学版「学習指導要領」 その2

1月31日の記事「大学版『学習指導要領』を文科省が企む」のフォローアップです. 

要約

共同通信の記事の「文部科学省は・・・・方針を固めた」という表現が具体的にどのような事象を指すのか不明なため,昨日(2月4日)文科省と共同通信の双方に電話で問い合わせをした.その結果,典型的な「リーク情報による記事」であることが判明した.文科省は何も決めていないと否定するが,共同通信は,確かな情報に基づいており,内部でこのように決めているのは間違いないとのこと.後者が確からしい.

このような事態に対して大学界はほとんど反応していない.

30日の共同通信の報道内容が「文部科学省は・・・大学の学部(学士課程)の教育期間で学生が身に付けるべき知識や技術など教育内容や到達目標を示した指針を、各専門分野ごとに策定する方針を固めた」という表現になっており,具体的に,文科省の誰が,いつ,どこで,どのような発言をしたのかが曖昧なため,直接文部科学省に問い合わせた.担当は「高等教育企画課」という部署らしい.

新聞記事の内容を説明し,いつ,何を,どのように決めたのか,と聞くと,文部科学省の返事は「何も決めていない.1月23日に開かれた中教審の部会(大学分科会の「制度・教育部会」)を取材した記者が推測で書いたのではないか」というような返事だった.

そこで,この記事を配信した共同通信に電話で.「方針を固めた」というのは具体的にどのような事象なのか,つまり誰が,いつ,どこで,何を言ったのかを聞いてみた.返事は,具体的なニュースソースは言えないが,記事の内容は確かだ,とのこと.

以上から,このニュースが典型的ないわゆる「リーク」による報道のパターンであることが分かる.ニュースソースは私人などではなく役所という公的な機関であり権力機関なので,情報源を秘匿しなければならない理由などないはずだ.(内部告発では,情報源は私人であり「機関」ではないので,全く事情が異なる.)権力機関である組織の重要な決定が,情報源も特定されず,つまり責任の所在を完全に曖昧にして,あたかも「うわさ」のような形式で流されているのである.

もちろん,どのような形であれ,政府機関の動きができるだけ伝えられることが望ましいので,報道する側としては,たとえ情報源を伏せても状況をできるだけ伝えたいという気持ちに違いない.しかしこのようないわゆる「リーク情報」は同時に,だれも責任を取らずに「アナウンス効果」で関係者や国民に暗示をかけ世論を誘導することを狙うものなので,報道することでメディアがその片棒を担ぐことにもなる.つまり,まさに報道されることそれ自体によって,その「決定」が本当に,社会的に,「固まる」のだ[註].

このディレンマをメディア関係者はどう考えているのであろうか.このままでいい,あるいはどうしようもない,と言うことでもないと思うが・・・.

報道された事実に関してであるが,どうやらこの「方針」は,共同通信によると,その「固めた」という表現のとおり事実上の決定のようである.しかしその決定プロセスは全く不透明である.いかなる法的根拠で文部科学省官僚がこのような「決定」をできるのだろうか?中教審のどの審議会でもそのような「方針」が決まったわけではないのだ.タテマエは,このような審議会からの結論をもらって,それを政策に反映させる,ということだったはずだが・・・.

このように,審議会の結論が出る前に,役人の側が「方針を固める」という事実が存在することが共同通信によって暴かれたわけだ.つまり,役人があらかじめ路線を敷き,それをなぞった結論を「審議会」に出してもらうというパターンが「疑惑」として存在するが,この具体例が報道として表面に出てきたことになる.

文科省が「固めた」この「方針」の内容自体も前の記事で述べたように大学というものを全く変質させるものだが,それだけでなく,決定プロセス自体の「官主主義」も露見した.にもかかわらずこれに対する大学界の反応が鈍い,というよりほとんど反応していない.学界を代表するような学者たちの発言も見られない.前の記事で「『学問の自由』や『大学の自治』という言葉が恐ろしく摩耗してしまっている」と書いたが,今日の大学界の状態はむしろそれを通り越して,もはや「認知症」と形容すべきだろうか(認知症の方には申し訳ない).リークした文部科学省官僚は,「これで行ける」という感触を持っていることだろう.

ーーーーー
[註] 国立大学の教養部を解体する動きが始まろうとする時の,ある教授会の風景を思い出します.その席上,ある教授は新聞のこの種のリーク情報を示して,「新聞が報道しているくらいだから政府・文部省がこの方針(教養部解体)を固めていることは間違いない」として,「もはや教養部解体の是非を問題にする時ではなく,その準備に移るべきだ」と主張していました.

グランドプリンスホテル新高輪要請への要請に,呼びかけ人,賛同人を募集

昨日の記事では,グランドプリンスホテルのボイコットを呼びかけてしまいましたが,同ホテルへの要請文を届けようという運動が呼びかけられています.さっそく「呼びかけ人」として応募しました.皆さんも,もしご賛同いただけたら,以下の「返信文」の部分を切り取って,毛利正道さん(mouri-mアットマークjoy.ocn.ne.jp)に送って下さい.(もちろん“ アットマーク”は“@”に変えて下さい.)
4日追記:呼びかけ人による正式サイトが発足しました.こちらです.

1月27日の記事で,「ALWAYS 続・三丁目の夕日」のことを書きましたが,実はこれは「品プリ」の映画館で観たのです.設備が充実していて,しかも庶民的ないいホテルだと思っていたので,同系列のホテルがこのような反社会的な態度を取ったことがとても残念です.

以下,ML「草の根メディア九条の会」からの転載です.

Subject: [kenpou9:1883] 非戦つうしん号外 08.2.3
   裁判所の決定まで無視したグランドプリンスホテル新高輪要請呼びかけに賛同を
Date:   2008年2月3日 14:06:40:JST

できましたら、下記「アピール」にご賛同下さい。
(不泊を直ちに呼びかけるものではありません)
転送・転載大いにお願いします。重複ごめんなさい。

第一次集約 2月6日(水)24時 その後も集約日を決めて継続する予定です
集約のうえ、ホテル側にアピール・呼びかけ人と賛同人の氏名所属・一言集を届けます。

0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
返信文
1 (○をつける)呼びかけ人になる
   (主催者の一人としてインターネットで順次公表します。肩書きも記載してください)
2 (○をつける)賛同人になる(インターネットでは公表しません)
3 ひと言(任意。プリンスホテルに泊まったことのある方あるいは予約されている方は、是非その旨明記してください)
4 個人(または企業・団体)の氏名・所在自治体
000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
なお、
1 より大規模の同種要請運動が提起されたら、それに合流することをご承諾のうえ、ご返信下さい。
2 また、返信の整理にかける労力が大変な場合にお手伝いしていただける方は、お申し出下さい。
==================================================
毛利正道 mouri-mアットマークjoy.ocn.ne.jp
http://www1.ocn.ne.jp/~mourima/
〒394-0028岡谷市本町2-6-47 信州しらかば法律事務所
tel0266-23-2270 fax0266-23-6642 (携帯番号は転載者で省略しました)
==================================================

呼びかけ文
「裁判所の決定まで無視したグランドプリンスホテル新高輪に対する要請への賛同を呼びかけます」
        2008.2.3 発起人 非戦つうしん主宰 毛 利 正 道
        http://www1.ocn.ne.jp/~mourima/hisen0.html

東京品川のグランドプリンスホテル新高輪が、高等裁判所の決定を無視して2月1日の日教組教育研究全国集会全体集会の会場使用を拒否したため、全体集会が中止に追い込まれました。
http://www.asahi.com/paper/editorial20080202.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2008020202084385.html
http://www.shinmai.co.jp/news/20080203/KT080202ETI090004000022.htm
毎年街宣車を繰り出して各種集会妨害に狂奔する右翼の策動、並びに同ホテルが既に昨年5月になしていた日教組との会場使用契約の破棄通告をしたことも強く批判されなければなりませんが、同様のケースでも、従来は裁判所の命令に従って催しが実施されて来ており、ここにいたっての催し中止は初めてのことと報道されています。

 今回のグランドプリンスホテル新高輪の会場使用拒否は、
1 主催者日教組と集会参加予定者の憲法で保障する「集会表現の自由」を蹂躙し、理不尽な右翼の策動が目的を達したことになったばかりでなく、
2 今後も同様な裁判所の命令を無視して会場使用を拒否する事例が増え、会場使用契約自体を拒むという最近の重大な傾向と相まって、右翼に睨まれるものは集会を一切開催できないという、表現の自由なき社会が招来されかねず、
3 事態はこれに止まらず、どんなことでも「裁判所の命令を無視して構わない」という風潮作出を助長し、現代社会における「司法によって紛争を解決する」という最低限の社会的ルールが破壊される恐れすら出てきます。

 よって、私たちは今回のホテル側の態度を許すことは決して出来ません。私たちは、ホテル側に対し、
・主催者日教組と参加予定者および社会に謝罪すること
・日教組より次回の会場使用申込みがあったときには受諾すること
・日教組と参加予定者に対し今回の事態に対する十分な償いを行うこと
・表現の自由を尊重し今後同ホテルはもちろん全国の系列「プリンスホテル」において二度と同様の態度を取らないこと
・この申し入れに対し誠実に回答すること
以上を要請します。

なお、誠実な回答がない場合には、今後、同「東京品川のグランドプリンスホテル新高輪」はもとより、全国の系列「プリンスホテル」での宿泊・使用を止めるよう日本と世界の民衆と企業・団体に呼びかけることも辞さないものです。



「テロとは戦いません」?

グランドプリンスホテル新高輪が,日教組との契約を「右翼団体の妨害を理由に」一方的に破棄し,その後の裁判所の命令にも従わず,そのため日教組が教研全体集会の中止に追い込まれたというニュースが,昨日(2月1日)報道されました*.

「テロとの戦い」(あえて戦争屋のレトリックを借用.→コメント)どころか,極右の暴力的街宣車との戦いさえも投げだし,集会の自由というこの社会の根本的な規範の防衛からも逃走したこのホテルは許せません.

このような無法ホテル,グランドプリンスホテル新高輪 のボイコットを呼びかけます.

* たとえば次の毎日の記事
日教組会場問題:教研・全体集会を史上初の中止 ホテル、拒否崩さず

東京新聞の社説:「日教組大会 集会の自由は守らねば」
朝日の社説:「教研集会拒否―ホテルが法を無視とは」

佐世保乱射事件フォローアップ(5) ーー 物的証拠なしに書類送検

事件から一月半も経って,しかも何らの決定的な物証もなしに,長崎県警は今日2月1日,佐世保の乱射銃殺人事件で,馬込容疑者を書類送検した.各紙のウェブ版が報じている.

長崎新聞
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji2/2008020102.shtml
西日本新聞
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20080201/20080201_043.shtml
朝日
http://www.asahi.com/national/update/0201/SEB200802010002.html
読売
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080201-OYT1T00329.htm

新しい情報は全く出ていない.「動機が解明できていない」と書いているが,動機どころではない.馬込容疑者の「自殺」や,容疑者を犯人と断定するに足る物的証拠も,依然として明らかにされていない.

21時51分追記:私でも分かるのだから,当然メディア関係者も「物的証拠が示されていない」ということを知っている.しかしこのことで県警を追及したとは上記の記事からはとうてい読み取れない.それどころかこのような記事を平然と出しているのだから,情報隠蔽においては警察と同罪,いやむしろ共謀しているのではないか.しかもこれが「横並び」であることから,メディア同士でも談合が行われていると想像される.このような「記者クラブ」=「メディア談合制度」を何とかしなければならない.

「しんぶん赤旗」などにも電話したが,記者クラブから排除されていることを理由に,取り上げることに難色を示された.しかし今回の情報隠蔽は天下公知の事実であり,記者クラブに所属しているかどうかは関係ない.事実,私のような一ブロガーが県警に電話で確認できたのである.自分で県警に電話をされればよい.

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はたして、911 は本当にテロだったのか。ZERO は、原版(イタリア語)の制作(2007年)以来、ローマ国際映画祭(2007年10月)、ブリュッセルEU議会場(2008年 2月)、ロシア国営放送(2008年9月)で上映された、対テロ戦争の原点を鋭くえぐる長編ドキュメンタリー。

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